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名古屋地方裁判所 昭和46年(ワ)1623号 判決

原告

鵜飼みさを

被告

梅田田鶴

ほか二名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各々、原告に対し、金四一五万円及びこれに対する昭和四六年七月二一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和四三年四月三日午後二時一五分頃

(二) 場所 一宮市大和島戸塚名神高速道路上り線

(三) 加害車 訴外梅田金吾(以下、金吾という)の運転する普通乗用自動車(名古屋五む三五七九号)

(四) 被害者 加害車に同乗していた訴外大島勝蔵(以下、勝蔵という)

(五) 態様 現場付近に停車中の車両に、加害車が追突

(六) 結果 この事故により勝蔵は硬膜下血腫、脳挫傷、内包及び大脳脚出血軟化の傷害を受け、同年五月二三日死亡した。

2  責任原因

(一) 過失

金吾は前方注視義務を怠り居眠り運転をした過失によつて本件事故を起こした。

(二) 相続

金吾は本件事故により昭和四三年四月二七日死亡し、同人の妻である被告田鶴、子である同浩、同敬子が同人の権利義務を各三分の一宛承継した。

3  損害 合計金一八九〇万一三二五円

原告は、勝蔵の内縁の妻であるが、同人の死亡によつて次のような損害を蒙つた。

(一) 入院関係費用(原告自身の出捐によるもの) 計金二四万五六〇〇円

内訳

医師往診費 金三〇〇〇円

病室費 金二万三四〇〇円

付添看護費 金二万一四四〇円

謝礼(医師看護婦) 金一三万〇一二〇円

栄養補給費 金二万四一四〇円

交通費 金一万八〇〇〇円

(二) 葬儀関係費用 計金五四万円

内訳

葬儀費 金一八万九九九〇円

追善供養費 金一三万七七〇〇円

香典返し費 金二〇万三二〇〇円

雑費 金九一一〇円

(三) 扶養喪失による損害 金一四一一万五七二五円

勝蔵は、本件事故当時七六歳で、訴外中外電材株式会社の会長として年間二七五万円の収入を得、その収入によつて原告を扶養していた。そして第一二回生命表によれば勝蔵の平均余命は六・二三年であるから、同人は満八二歳までは右訴外会社の会長として稼働し、右収入によつて原告を扶養し続けた筈である。

ところが原告は、勝蔵の死亡のため被扶養利益を失つたので、右収入を基礎としてホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して原告の被扶養利益の現価を求めると一四一一万五七二五円となり、原告は同額の損害を蒙つた。

(四) 慰藉料(原告固有のもの) 金四〇〇万円

原告は、四〇年間にわたり勝蔵と生活を営んでいたから、同人の死亡による精神的苦痛は多大であり、これを慰藉するためには四〇〇万円が相当である。

4  結論

よつて、原告は被告ら各々に対し、本件事故による損害賠償請求として、被告らの相続分のうち金四一五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四六年七月二一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  同第1項(事故の発生)中(一)ないし(四)は認めるが、(五)(態様)は不知、(六)(結果)は否認する。

勝蔵は、本件事故による傷害が全治して退院後に死亡したのであるから、同人の死亡は本件事故と因果関係がない。

2  同第2項(責任原因)中、(一)(過失)は否認し、(二)(相続)は認める。

3  同第3項(損害)は否認する。

三  抗弁

1  放棄又は免除

(一) 勝蔵

勝蔵は、被告田鶴の父、同浩及び敬子の祖父であつたことから、

(1) 昭和四三年四月二七日金吾死亡の後の同人の通夜の際被告らに対し、

(2) 勝蔵が八事日赤病院に入院中の同年五月頃、大島和幸を介して被告らに対し、又直接被告田鶴に対し、「これからのことは心配するな、あとは面倒みてやる」などと述べて本件事故による損害賠償を請求しないばかりか援助の申出をしているのであるから、勝蔵は、被告ら全員に対する関係で、本件事故に基づく損害賠償請求権を放棄又は免除する旨の意思表示をしたものである。

(二) 原告

原告も、昭和四三年五月二三日勝蔵死亡の後の密葬の折や、八事火葬場における火葬の折に被告田鶴に対し、被告ら全員に対する関係で、本件事故に基づく損害賠償請求権を放棄又は免除する旨の意思表示をした。

2  消滅時効

本訴提起の時は、原告が損害及び加害者を知つた時である勝蔵の死亡時からすでに三年を経過しているので、時効を援用する。

3  権利の乱用もしくは信義則違反

原告の本訴請求は、権利の乱用もしくは信義則違反として許されない。

すなわち被告田鶴は勝蔵の子、被告浩、同敬子は勝蔵の孫であつて、本件事故に基づく勝蔵の死亡については被告らも被害者であるうえ、右事故により被告らの夫であり父である金吾をも失つているのであり、右事故による最大の被害者は被告らである。しかも原告は、被告らの母であり祖母である勝蔵の正妻ふみが死亡した昭和一九年一二月一五日までは勝蔵と重婚的妾生活という公序良俗に反する関係を継続していた者である。そのうえ勝蔵は本件事故後、その損害につき請求を放棄又は免除しているのである。このような事情のもとで原告が本訴請求をするのは権利の乱用もしくは信義則違反である。

4  損害の填補

自賠責保険より原告に対して、葬儀費用一八万四九九〇円を含めて九七万五二三一円が支払われている。

四  抗弁に対する認否

同第1項(放棄又は免除)は否認する。同第2項(消滅時効)中、本訴提起の時が勝蔵死亡時より三年を経過していることは認める。同第3項(権利乱用もしくは信義則違反)は否認する。同第4項(損害填補)は認める。

五  再抗弁

1  時効の中断

原告は本件事故に基づく損害賠償請求につき、昭和四六年四月三〇日愛知中村簡易裁判所に対し調停を申立て、右調停不成立の通知を受けた日から二週間以内に本訴を提起した。

2  葬儀関係費用

原告請求の葬儀関係費用は自賠責保険から支払を受けた葬儀費用一八万四九九〇円を除くものである。

六  再抗弁に対する認否

同第1項(時効中断)は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因第1項の(一)ないし(四)(日時、場所、加害車、被害者)の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証の一ないし六、第二六号証、証人大島茂、同大島和幸の各証言、被告梅田田鶴本人尋問の結果によれば、同項の(五)(態様)、(六)(結果)の事実が認められる。

二  責任原因(過失、相続)

前掲甲第一号証の一ないし六、成立に争いのない乙第六号証、証人大島茂、同大島和幸の各証言によれば、本件事故は金吾が前方注視を怠つた過失により発生したものであることが認められ、これを覆すに足る証拠はなく、被告田鶴が、本件事故により死亡した右金吾の妻、被告浩、同敬子が同人の子であることは当事者間に争いがない。

三  原告と勝蔵との関係(内縁の夫婦)

成立に争いのない甲第二五号証の一ないし六、乙第七号証、証人大島茂、同大島和幸の各証言、被告梅田田鶴本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

勝蔵は大正六年項訴外亡大島ふみと婚姻、同女との間に被告田鶴ら数人の子を有していたが、大正末年頃より原告と関係を結び、その間に訴外大島茂ら三名の子を有するに至り、昭和一九年末頃右ふみ死亡の後は、一方で、右ふみとの間の子である被告田鶴、訴外大島和幸ら四名の生活上の面倒を見る等しながらも、他方では、原告方において原告や右茂ら三名の子と生活を共にするようになり、本件事故当時まで原告と事実上の夫婦の関係にあつたものであり、従つて原告は本件事故当時勝蔵のいわゆる内縁の妻であつた。

四  損害 合計金六五万五八四〇円

1  入院関係費用(原告出捐分) 計金五万五八四〇円

証人大島茂の証言の外、これによつて真正に成立したと認められる次の各証拠により(一)ないし(三)が認められる。

(一)  医師往診費 金三〇〇〇円

甲第一五号証

(二)  病室費 金二万三四〇〇円

甲第一五、一六号証

(三)  付添看護費 金二万一四四〇円

甲第二号証の一、二、第一五号証

(四)  入院雑費 金八〇〇〇円

前掲甲第二号証の一、二、第一六号証、乙第六号証、証人大島茂、同大島和幸の各証言を総合すれば、勝蔵は昭和四三年四月三日より同月二四日まで二二日間、同年五月二日より同月二三日ころまで約二二日間、計約四四日間入院したことが認められる。従つて同人の栄養補給費、近親者の交通費等を含めて、その入院雑費は一日約二〇〇円として少くとも八〇〇〇円を下らない額が本件事故と相当因果関係にあるものと認められる。

なお、原告請求の医師・看護婦に対する謝礼は本件事故と相当因果関係にあるものとは認められない。

2  葬儀関係費用 金二〇万円

前掲甲第一五号証、証人大島茂、同大島和幸の各証言によれば、勝蔵死亡後同人の葬儀を原告方において行つたこと、別に前記大島和幸が主宰して訴外中外電材株式会社としての社葬を営んだことが認められるが、前記三認定の原告と勝蔵との関係よりすれば右原告方における葬儀は本件事故に基づく必要相当なものと認められ、その総費用は二〇万円を以て右事故と相当因果関係にあるものと認められる。これを越える香典返し等の費用の分については相当と認められない。

3  慰藉料 金四〇万円

前掲乙第六、七号証、証人大島茂、同大島和幸の各証言、被告梅田田鶴本人尋問の結果によれば、本件事故は勝蔵が多賀神社へ参詣するために、娘の被告田鶴の婿であり使用人ともいうべき金吾に加害車を運転させて同乗中に起きたものであること、勝蔵は事故当時七六歳の高齢であつたこと、勝蔵は本件事故後死亡前、被告田鶴に対し、被告ら一家の柱である金吾が死亡したこともあつて、心配するな、後は面倒みてやる旨の言葉をかけて慰めていたこと、勝蔵には被告田鶴を含め八人の実子がいた(現在七名生存)ことが認められ、この事実に原告・勝蔵・被告ら間の関係等諸般の事情を総合考慮すれば、勝蔵死亡に伴う原告固有の慰藉料としては四〇万円を以て相当と認める。

4  扶養喪失による損害について

内縁の妻がその夫より現実に扶養を受けていたならば、夫の死亡によりその妻につき、被扶養利益喪失による損害が生ずると解すべきである。しかし本件においては、原告が主張するように同損害算定の前提として勝蔵の年収二七五万円のすべてが原告の扶養に当てられていたと認めるに足る資料はなく、また本件全証拠を仔細に検討しても、原告が勝蔵よりどの程度の扶養を受けていたかについても、これを詳かにする資料がない。かえつて前掲乙第七号証、証人大島和幸の証言によれば原告にも多少の収入、資産があつたこと等扶養の存在を疑わしめる事情が認められる位であつて、結局原告が勝蔵の内縁の妻と認められても、この点に関する原告固有の損害は未だ認めるに足る証拠がないというに帰着する。

五  損害の填補

原告が自賠責保険より九七万五二三一円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。なお原告はその葬儀関係費用請求額は自賠責保険から支払を受けた分を除くものであると主張するが、葬儀関係の総費用が二〇万円と認められることは前記四2のとおりであり右二〇万円は填補の対象に含まれる。

六  結論

すると原告の損害はすべて填補されたことに帰し、その余の点につき判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 至勢忠一 熊田士朗 山田博)

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